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LOVE Phantom

by Issey Matsumoto

 この記事は”ドアカン Advent Calendar 2019″の21日目のエントリーである。ドアラカンファレンス当日は好きなモノ、コトをLTせよという事だったので、クロスミッション教において、最近やっているラリー布教活動を述べてきた。しかし、2019年はアイツについて語らずに終わることはできますまい。

愛おしいアイツ

 今から半世紀以上も前の1958年、原型機であり第一号機でもあったマクドネル社の「XF4H-1」が初飛行した。第二次世界大戦を終えて、朝鮮戦争やベトナム戦争、冷戦へと移行していた米国軍は、近距離格闘戦に重要な運動性や機関砲を備えた戦闘機から、長距離戦闘力に重要な空対空ミサイルや超音速長距離運行性を備える戦闘機を重視するようになった。いわゆる第3世代の戦闘機である。このようなタイミングで生まれてきたF-4ファントムⅡは次の基本性能を持っている。

 まずはじめに、複座型艦上戦闘機であることが骨格の最大の特徴となっている。1954年中頃にアメリカ海軍航空局の全天候戦闘機提案要求から始まったということは、すなわち空母運用前提の艦上機を指す。そのため、主脚は着艦時の衝撃に耐えられるように着艦重量17,250kgで7.2m/sの沈下速度に耐えるべく太く頑丈に設計されている。海軍型は前脚を51cm(イギリス海軍向けK型は102cm)伸ばして離艦時の迎え角を稼ぐことができる。着艦時に使用するアレスターフックは尾部に収められ4.8Gの荷重に耐える。アレスターフックは空軍型にも残されている。

 胴体内に6個と主翼内に2個のタンクに加え、胴体下の増槽と主翼下の増槽の総計は3,370ガロン(12,460L)と、当時の群を抜く燃料搭載量は、無給油で航続距離3,184kmに達し、空中給油能力も合わせると、パイロット自身の持久力の許す限りの航続時間を持つ。

 次に操縦するパイロットのためのコックピット前席の前面計器盤は、円形のレーダースコープとその操作装置を中心として、上部に光学照準機(HUDではない)、中央部にコンパスや水平儀等の操縦関係の計器、左には操作系、右には警告灯、下側には油圧系統のメーターやゲージが備わり、サイドコンソールに各制御スイッチが配置される。

 レーダー・航法担当のレーダー迎撃士官が搭乗する後席の前方視界は殆どなく、レーダー迎撃士官はパイロット用の射出座席、つまりパイロットの背中部分に備わったレーダースコープや各種計器を使用し、機内の通信装置を用いてパイロットに現在の位置や周囲の状況を伝える。後席右パネルの操縦桿状の物はレーダー操作用のスティックである。原型である海軍型には後席に操縦装置は無いが、空軍向けの派生型においては、後席にも操縦系統を設けている。

 胴体下には、4基のAIM-7スパローミサイルを半埋め込み式で搭載できるようになっており、左右の主翼下の各2箇所と胴体中心線下の1箇所に、ミサイルなどの兵装や増槽または電子戦ポッドを搭載するためのパイロンが設置可能な、ハードポイントを装備している。

 主翼はアスペクト比2.8テーパー比1/7で、後退角は翼弦長25%で45度、前縁で52度であり、また、後縁にも若干の後退角がついている。クリップドデルタ翼と後退翼の中間的なものである。上反角がついた部分で折りたたむことができるのは艦上戦闘機ならでは、空軍機であってもこの仕様が踏襲された。尾翼周りの設計はまだ超音速機の発展途上の形態であり、遷音速域において操縦安定性を悪化させる要因になっている。ただし、離着艦性能の維持のため大面積の主翼を採用したため、元来は大型のミサイルキャリアーとして設計され戦闘機同士の空中戦・格闘戦を念頭に置いていなかったものの、低翼面荷重と高推力重量比により格闘戦もこなせる機動性を得ることができた。その空戦性能は、海軍機ながら当時のアメリカ空軍のセンチュリーシリーズなどを凌駕しており、のちにベトナム戦争など数々の実戦でも証明された。

古のターボジェットJ79

 1957年、アメリカGE社が開発した初のアフターバーナー付き1軸軸流式ターボジェットエンジン。世界で最も生産されたターボジェットエンジンである。F-4はこれを2基搭載し、マッハ2超の最高速度を誇る。

 そもそも、ジェットエンジンとは、狭義として2種類、広義として11種類ある。ここでは狭義の2種類を紹介する。

  1. ターボジェットエンジン

    タービンの回転力により圧縮機を駆動して空気を圧縮し、その燃焼によって得られる排気流のみで推力を得る純粋なジェット推進式エンジン。排気流速がエンジン搭載機の速度より遥かに大きいために、音速以上の飛行では優れた性能を示すものの、亜音速飛行では燃料消費率や推進効率で他に劣ることと、排気騒音が大きい、濃く視認性の高い排気煙による低ステルス性などの欠点から、現在は戦闘機といえど低バイパス比のターボファンが一般化し、純粋なターボジェットの需要はほとんどなくなっている。

  2. ターボファンエンジン

    ターボジェットの吸気口近傍・圧縮機前方にファンを備えるエンジンで、ファンの外周部を通過する一部の流入空気は圧縮機以降に導かれずにコアエンジン外周部へバイパスされる。このファンはプロペラと類似の役割を担い、大部分の空気を飛行速度と同等の速さで排出することで効率の高い軸推力を得ている。ターボジェットに比べて総排気流速度が低く抑えられる。バイパス空気量によって特性を調整できるので、大きいターボファンは亜音速の輸送機として、バイパス空気量の小さいターボファンはターボジェットの性格に近くなり、今では超音速ジェット戦闘機のエンジンとして主流となっている。ちなみに残留酸素濃度が高く、アフターバーナーの効率が高いことも見逃せない。

 J79は大推力機として当時でも異例の1軸式で、多数の可変静翼を備えた17 ステージの圧縮機により、2軸式よりも軽量でありながら同等の圧縮比を確保したターボジェットエンジンだった。タービンブレードの一部は切削チタニウム製で、現在ではオーバーホール時に単価数千ドル要するとされる。スロットル開度によっては、排気流がバイパスフラップによって擾乱され、独特な共鳴音を発する。このため、NASA機のF-104B N819NAのことだが、Howling Howland(遠吠えするハウランド)の愛称が付いた。

 J79はライセンス生産とはいえ、戦後、日本で最初に生産されたジェットエンジンとも言える。ライセンス生産していたのはIHI、当時の石川島重工業。なお、このエンジンの軸受機構が後の新幹線0系の車軸の模範となっているらしい。とにかく日本の重工業に欠かせない技術に大きく貢献したエンジンであるのは確かである。

 しかし、筆者自身が最も魅力に感じていることは、なんといっても独特で豪快な排気音だということは、わたしのブログやLTなどをご存知の諸兄姉は薄々お気付きのことではなかろうか。無駄にケロシンをばら撒きながら轟音を響かせて飛ばすターボジェットエンジン。その響き渡る快音は人の鼓動にも呼応する。少なくともわたしには。

 もう一つの魅力もある。それは制御装置だ。ここはエンジンの頭脳であり心臓にあたる部分。スプリングやバルブがあり、3Dカムという部品と合わせて燃料流量を制御する。その制御はすべて機械物理的な力で行っている。現代のエンジンはコンピュータなどの電子計算機が制御するのが一般的。その類を一切使わず、燃料と油の圧力でバルブを制御する機械式制御。人間の心臓と同じ様に、F-4のエンジン内で鼓動している。ここにわたしが所有する愛機、BMW M3と相通ずるアナログな喜びが感じられるのではないか。国防を任とする空自パイロットに負担を強いているのは申し訳ないが。

量産型ザクへの移行

 F-4は総計5,195機の生産数となった戦闘機である。超音速戦闘機の歴史で5,000機以上製造されたのは、このF-4とMiG-19、MiG-21、MiG-23の4機種しかない。MiGはご存知、東側の戦闘機。西側唯一のザクである。どちらがジオン軍かはさておき。

 これは開発当時のロバート・マクナマラ国防長官の影響が大きい。ロバート・マクナマラはハーバード出身でアメリカ陸軍航空軍の統計管理局で活躍し、戦後はフォード一族以外では初めてフォードの社長となり、1960年にジョン・F・ケネディが大統領選に勝利すると国防長官として白羽の矢が立つ。

 システム分析や統計学を駆使するマクナマラは、それまで独立していた空軍のTFX (Tactical Fighter Experimental) 計画と海軍のFADF(Fleet Air Defence Fighter) 計画を強引にひとつの計画に統合してしまう。TFX計画は空軍の次期主力戦闘爆撃機、FADF計画は海軍の艦隊防空戦闘機の開発計画であり、空軍海軍両者とも要求仕様が全く異なるとして反対したのであるが、マクナマラは強引に統合計画を進めた。

 手始めとして開発中であったハイコストのF-106デルタダートの代わりに、F-4AからアップデートされていたF-4BファントムⅡの採用を計画する。アメリカの空軍と海軍は、ご多分に漏れずメンツをかけて何かにつけて競い合っていた。空軍花形の戦闘機採用において海軍の開発した艦上戦闘機を大量に採用するなどということは、前代未聞だった。一説には、東側の戦闘機が採用されるよりも屈辱的だったんだとの噂もある。しかし、アメリカ空軍がF-106に続く次期戦闘機として開発していたF-111アードバーグの開発が遅れており、その穴埋めとしてF-4が採用されることとなり、名称を空軍名F-110スペクターに変更。その後1962年にアメリカ三軍の呼称統一が施行され、F-110スペクターから再びF-4CファントムⅡに変更される。

 1967年、空軍型F-4シリーズの決定版ともいえるF-4E型までアップデートが進む。各国へと供与され1,389機が生産された。艦載機として開発したF-4ファントムⅡが空軍機として採用されたことで、より生産数を伸ばし、最終的に西側戦闘機史上最多の5,195機が生産されることになる。それほどにF-4ファントムⅡは高性能であったわけだが、ロバート・マクナマラという民間経営者上がりのシステム分析を駆使する国防長官の敢行が大きな要因を占めている。

日本導入のF-4EJ

 1966年に第2次F-XによりF-86Fの後継機種としてF-4Eを日本向けに改修したF-4EJを選定した。米軍空軍機として開発されていたF111や実績のあるロッキードはもとより、ミラージュやサーブなどのヨーロッパの機体も候補機種に挙がっていた。評価の結果、全体的な完成度や総合的な能力でF-4Eが大きくアドバンテージがあったことによって採用が決まった。

 そんなF-4Eだが、専守防衛を国是とする日本の防空戦闘機には対地攻撃能力が高すぎること、空中給油機能による機動範囲が広過ぎることなど、周辺戦勝国の目が許すはずもないという妄想から、いくつかの装備を外すなどして、デグレードする必要があった。それがF-4EJである。導入の際、2機はマクドネル社セントルイス工場製の輸入、続く12機分は部品で輸入し三菱重工業でのノックダウン生産、それ以降を同社によるライセンス生産と決定した。加えて、1974年より後述のRF-4Eを14機輸入しており、1981年の生産終了までに日本が調達したF-4の総数は154機となる。なお、F-4のライセンス生産が許可されたのは世界中で日本が唯一となる。

 F-4EJはF-15Jが導入されるまで主力戦闘機として防空任務を担当した。出自が艦上機であるために陸上機としては大きな構造重量(着艦の衝撃に耐える足周りが主な箇所)への批判や、採用後も1976年のベレンコ中尉亡命事件で低空目標の探知能力(ルックダウン能力)不足が明らかになるなど、課題も抱えた。

魔改造F-4EJ改と業師たち

 F-104J/DJが実戦部隊から退いた1986年からは数の上でもF-15Jが主力戦闘機となるが、1989年より延命・能力向上目的の改修を受けた90機が「F-4EJ改」となり防空任務に就いた。また、RF-4E偵察機2機の事故減に対して、1990年より15機の近代化改修対象外の初期型F-4EJを偵察型「RF-4EJ」に改修した。三沢基地の第3航空団第8飛行隊はF-2の配備遅延のために1997年から繋ぎとしてF-1の代わりにF-4EJ改を支援戦闘機として運用。

 運用開始後、30年が経過した今、空自F-4EJ改は訓練において空自の主力機F-15Jを撃墜(判定)することも珍しくないという。空自の「ファントムライダー」はいま猛者だらけなのだ。F-4は次期機種のF-35への移行がだいぶ前から決まっている。本来は組織の構成員が年にひとつずつ平均年齢を加算してゆく状況を避けるため、若手の育成が課題となるところ、F-4の飛行隊ではベテランらが若手を育成する負担から解放され戦術研究に集中できるため、全体の練度を底上げしているのだそうだ。F-4は複座戦闘機なため、通常はベテランと新人がペアを組み経験を積ませるところ、現在は前後席ともにベテランであるという点もF-4の戦闘能力向上のひとつとなっていると思われる。

 もう一つはF-4EJ改は魔改造の改。レーダーは初期型F-16のレーダーと同型であるAN/APG-66Jに載せ替えられている。そのほかの電子機器も一新、機体外部に搭載する電波妨害装置はこれもまたF-16にも搭載されることがあるAN/ALQ-131である。一方でF-15は、近代改修を受け現代型戦闘機と同等のF-15MJと、1980年代の導入からほとんど性能向上を受けていないF-15SJの2タイプに分けられる。F-4に負けることが珍しくないF-15とはF-15SJのようだ。現代戦闘機は、電子機器とコンピューターソフトウェアが優れていたほうが勝利する。F-4EJ改はF-4といえども中身はほぼ初期型のF-16同等。そしてF-15SJも初期型のままということは、F-16(相当) vs F-15という構図なので、F-4側が戦術の差で勝利できることがあってもおかしいことではないのかもしれない。

 1980年前後、若者を空自F-4パイロットに誘った漫画の名作『ファントム無頼』の作画・新谷かおる先生は本の中で、もし、F-4 VS F-35で空戦訓練をしたときの展開予想をこう語った。

「3600メートル以下の空中戦ならば、運用と戦術によってファントムが2機で、相手のF-22、F-35が1機だったら勝てるんじゃないかな。ファントムはタッグを組んで、僚機が位置を入れ替えながら、相手の行動半径を狭めていく。ミサイル戦だと、レーダーの探知範囲が違うので勝負にならないので、そのやり方のドッグファイトならばという前提で。」

 

大震災の初動で大活躍 RF-4E/EJ

 RF-4Eは無武装機である。頭文字「R」は「reconnaissance(偵察)」に由来。F-4ファントムⅡでは早い段階から写真偵察型のRF-4が作られている。戦闘機や爆撃機に先行して敵陣へ向かう偵察機の最重要任務は「情報を持ち帰る」こと。向かう先は、有事の際に敵艦が向かってくる海上や、万が一にも上陸された場合には陸上も対象となり、上空から主に写真撮影を行う。敵陣に近づけば当然ながら敵に狙われる。だが、偵察機の任務は収集した情報を持ち帰ることであり、戦わずに引き返す。その際、自らも戦闘機としての機動性能を有していれば敵の戦闘機から逃れやすい。第3世代のF-4Cをベースとして作られたRF-4Eは最高速度がマッハ2.2に達する。

 空自も初期型のRF-4を1974年から1975年にかけて14機導入している。これはF-4EJとは異なり、輸入している。ライセンス生産を行わなかった理由は、無武装なので周辺国に気を使わなくていいし、F-4EJのライセンス生産を優先したためということらしい。機体はF-4EJと同じくタンデム。前席に操縦士が座り、後席の乗組員は誘導を担う。任務の中心である写真撮影はその都度分担する。

 偵察装置のうち「前方偵察カメラ」は、機体の真下に加えて、斜め下の前方や側方の撮影に使用。「パノラミックカメラ」は広範囲を撮影でき、低高度用と高高度用の2種類がある。夜間に用いる「フラッシュ発射器」は市販カメラのフラッシュに相当するが、照明弾を発射して周囲を明るくする。かなりダイナミックで当然敵に自機の存在を知られてしまうが、「そもそもジェットエンジンの爆音で敵は気付いている。撮影したら即座に離脱するから問題ない」と空自関係者は話す。ほかにも「赤外線探知装置」は夜間や悪天候でも地上や海上の目標を見つけることができ、機体の側面にある「側方偵察レーダー」は上下に電波を飛ばして周辺の地形を測量する。多様な偵察装置を備えているRF-4Eだが、1975年に配備されただけにカメラはフィルム式のままで、撮影時は機体を安定させないと写真がピンぼけとなりかねないなど、少々古めかしい。世間では手ぶれ補正機能付きのデジタルカメラが当たり前なのに。

 RF-4Eはこれまで、災害が発生するたびに飛び立って、被災状況の確認などに役立ってきた。主な事例だけでも雲仙普賢岳噴火(1991年)や奥尻島津波(1993年)、阪神・淡路大震災(1995年)から近年では東日本大震災(2011年)や御嶽山噴火(2014年)、熊本地震(2016年)などさまざまな災害で出動し、収集した貴重な情報は救助活動などに役立てられてきた。むろん、災害以外で出動することもあるとのことだが機密情報らしい。

F-4ファントムⅡ 航空自衛隊から退役す

 日本国領空を侵犯しそうな国籍不明機に向けて、空自はいつでも"スクランブル発進"する。戦闘機にミサイルと機関砲で武装させ、緊急発進させることを意味する。2018年には999回と、過去2番目に多いスクランブル発進数となった。

 60年前に設計され、空自導入50年のF-4戦闘機も緊急サイレンが鳴り響けば、たとえ老齢機であっても百里から即座に飛び立つ。最終的にF-4が現役で活躍したのは戦闘301、302飛行隊、偵察501飛行隊。計3個飛行隊をもつ百里基地だけとなった。戦国時代ならば、爺の騎馬武者2隊、物見の爺忍者1隊が百里基地というわけだ。誰かが揶揄してったけな、空飛ぶ老人ホームって。

 そんな日本を空から見守ってきた愛すべき「空飛ぶおじちゃん」F-4は、百里基地でさえも2019年を最後に、1機を残したその他すべての機体が退役し、2020年には最後の1機でさえ退役する。若者たちは順次導入予定のF-35で新飛行隊を運用する。そんな去りゆく身のF-4EJ改、RF-4EJ達の勇姿を2019年百里基地航空祭で撮影してきた。爺様たちは退役スペシャル塗装のちゃんちゃんこを着て僕を出迎えてくれたよ。

二人で一つになれちゃうことを

気持ちいいと思ううちに

少しのズレも許せない

腹の底から君の名前を

叫んで飛び出した

It's my Soul

空のカラダがトボトボと

はしゃぐ街を歩く

ほしい気持ちが成長しすぎて

愛することを忘れて

万能の君の幻を

僕の中に作ってた

要らない何も捨ててしまおう

君を探し彷徨うMy soul....

幻をいつも愛してる

何も変わらずに

古めかしくも一線で活躍する君に

何でもこなすフルスタックな君に

自分のありたい姿を重ねていたんだね

今までありがとう

参考:青木謙知 著「F-4 ファントムⅡの科学 40年を超えて最前線で活躍する明記の秘密」

参考:小峯 隆生 著, 柿谷 哲也 写真「永遠の翼 F-4 ファントム」

参考:https://news.livedoor.com/article/detail/14289713/

参考:https://ja.wikipedia.org/wiki/F-4_(%E6%88%A6%E9%97%98%E6%A9%9F)

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