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CM教の念仏

by Issey Matsumoto

この記事は”ドアカン Advent Calendar 2019″の16日目のエントリーである。Adventカレンダーは異なる教えの習わしだが、クロスミッション教を寛容に迎え入れて頂き、ありがたい限り。ドアラカンファレンス当日は好きなモノ、コトをLTせよという事だったので、クロスミッション教において、最近やっているラリー布教活動を述べてきた。その中では語りきれなかったことを交えてあとがき的なものとしてまとめてみた。

苦行と悟り

2018年秋、かつてのよしともカップで仲良くなった安達さんからのオファーで布教活動を始めたラリー、コ・ドライバー参戦。いままでタイミングもチャンスも逃してきた王道のJAFモータースポーツ参戦。ずっと心の片隅にはありながら、今になってようやく参戦するタイミングが巡ってきた。2018年8月、国内B級ライセンス取得後に即望んだPlay−Stageラリー。SS1でエンジントラブルにより停止後、リタイヤという波乱のデビュー戦だった。この結果に満足できずに、リベンジしたいというモチベーションから一気にラリーにのめり込んでいく。

2018年10月のMikaboでようやく完走を果たしたのち、その時点でカレンダー落ちはしてはいないなかったはずの2020年のRally Japanに出れたら面白くない?というよしともさんの掛け声で始まった2019年シーズン参戦計画。年明けよりCarol Racing Renault(以降、CRR)メガーヌを貸与され、ラリー車に仕立てる計画が水面下で実行された。

2019年の活動は国内A級ライセンスにアップグレードする講習会からスタートした。Rally Japanが国際格式ともなると、国際Cか国際Rライセンスが必要になるからだ(2019年に限っては結果的に国際ライセンスは要らなかったが…)。JMRC群馬戦の第1戦4月ネコステ、第2戦5月Mikaboと、順調に托鉢していく最中、メガーヌはロールケージの仕様が確定し、発注へと進捗する。

群馬戦第3戦あさま隠、第4戦Play−Stageにはメガーヌが間に合わず、いつもの安達さんの106ラリーも準備できない等からキャンセルとなった。シーズン途中、まさかのWRCカレンダー落ちから、2020年のWRC開催に向けたプレWRCに変更されたCentral Rally 愛知・岐阜の開催アナウンスを皮切りに、国内格式RF車両としてメガーヌでの参戦を決意する。シェイクダウン予定だった直前の群馬戦第5戦IF山岳は台風で中止となり、結果的にぶっつけ本番のメガーヌデビューとなった。この参戦模様はドアラカンファレンス2019でLTした通りで、みんカラ記事に収録してあるのでそちらを参照されたし。

わたしはBMW E30型M3という骨董品を駆っている。今年は様々な車両トラブルが雨後の筍のように勃発した、いわば苦行状態だった。M3は謎の共振から始まり、オイル漏れ、小修理などがあり、そういう負の連鎖はメガーヌにも影響するようで、製作遅延や本番のLLC漏れ漏れ事件が発生する事態を招いた。トラブルを未然に防ぐ整備を施し、万が一壊れたらきっちり整備を施し、また走り続ける。心が折れかかっても諦めずに走り続けること、機体を安易に捨てない事も駆け抜ける喜びを享受するための贖罪であり、念仏であり、教えに対する敬虔さの証である。

解脱の宿命

私の幼少期は新谷かおる著の漫画を愛読していた為なのか、趣が彼の描く世界に傾倒していると思う。たとえば、エリア88、NAVIなどがそうである。

ガッデムは彼の著書のなかで一番最初に買った漫画である。主人公の轟源が、日本のちいさな自動車会社と共にWRCにチャレンジするという夢物語が描かれている。そこに関わる人間ドラマや散りばめられた大人びたセリフに心踊る内容に注目が集まる作品だが、表紙に象徴される描かれたマシンたちの忠実なことも注目したい。ランチアデルタ、フォードシェラ、トヨタスープラ、ワーゲンゴルフなど。社名車名こそ三沢自動車ラレードだが、どう見てもダイハツシャレードだ。また、当時のWRCも忠実に描かれており、まだ過酷なイベントだったオリジナルサファリラリーや、競技途中でサービス隊が登場するかつての競技ルールなど、当時のWRCそのものが描かれている。

既に車好きだった私は、唯一、お正月の15日間くらいにTV番組が編成されるパリ・ダカールラリー、通称パリダカを毎年観ていた。なんとなく知っていたサファリラリーと合わせ、ラリーとは全開でオフロードを駆け抜けるという競技だと思っていた。これは当時の日本人はほとんどがそうだったと思う。当時の日本のラリーはアベレージラリーと言って、WRCをはじめとするTCラリーとも、パリダカなどのラリーレイドとも異なる競技が主流だった。WRCを知っていた人でさえ、TCラリーとはどんなルールの競技なのかを知る人は少数派だったであろうに、それとは比べ物にならないほどのアングラな競技だったのだから。ガッデムにもそれは書かれており、日本でラリーといったらパリダカが有名で、ローカルなラリーはほんとにマイナーな競技だったと。

私はこれ以降、自動車競技は市販自動車をベースにしたDTM、全日本ツーリングカー選手権、ルマンGTカテゴリーに興味を抱いていく。いまM3を所有しているのはその影響を強く受けているからだろう。しかし、神の思し召しとは言え、ラリーまで始めてしまうとは、わたしの輪道はなんと型にはまった筋書きなんだろうとつくづく思う。

お遍路

私がこの2年の間に参戦したラリーであるJMRC群馬戦は形式は夜間が主なステージになる。言葉は悪いので申し訳ないが、オーガナイザー、サービスする方々は半ばボランティア、自分たちが自分たちのために走るという自慰行為であると思っている。ラリーに魅せられた人、自ら走りたい人を中心とした村社会が、農林畜産社会に迷惑かけないよう、夜な夜なこっそりやっている感覚である。

ところがCentral Rallyは愛知の巨大地場産業が催す華やかな舞台だからかもしれないが、今までのイメージが簡単に覆された。リエゾンにて付近の住民の方々の嬉しそうな笑顔と、精一杯手を振ってくれている姿がフロントウインドウから飛び込んでくるのである。それも2日間ともどの時間帯、どのステージでも。今までの経験値だとあり得ない事だ。この光景を車側から見ていたわたしはドライバーに隠れて一人目頭を熱くしていた。

ラリーというモータースポーツは一般公道を法定速度で競技車両が移動する区間、リエゾンがある。ちなみにリエゾンとて時間の正確性を競うので競技の内である。昔のWRCではほとんど到達不可能な到着時刻も設定されていた様だが、交通違反や社会問題から今では普通に走れば普通に間に合うくらいの余裕がある。当然、リエゾンで交通違反や交通事故を引き起こしたことが理由で遅れたら競技でもペナルティを受けるし、免許停止期間は出場すらできない。たとえコ・ドライバーであっても、だ。そういえば、昔ペター・ソルベルグというノルウェーのドライバーが競技の最終日に免許停止が執行され、コ・ドライバーに運転させるという珍事があった。リエゾンであっても競技中に決められたサービス工程以外でドライバー、コ・ドライバー以外の人が車を触ったり、競技車両に積載してあるパーツ以外を外から受け取ったりするのは失格になる。コンビニで買い物すら駄目。たまたま落ちているものを拾うしかないwwww

スピードを競うSS競技区間は一般車両を封鎖した区間で行う。群馬戦では私有地の山の私道や冬の間、雪等で封鎖される道路を借りて封鎖をする。日本のラリーはそれが一般的だ。国土交通省が一般公道の使用を許可してこなかったのだ。荒廃した部分を整備して競技区間やその後に一般車両が通過できるようにするというマンパワーがバーターになっているものと推測される。私有地を管理するには巨大過ぎる山道整備を委託料なしで可能になるソリューションなのだから、お互いの利害は比較的容易に一致するだろう。

しかし、Central Rallyは今まで許可されてこなかった一般公道が封鎖され、民家の脇を全開で走っていくステージがそこかしこにあったのは驚きだった。Mikawako SSでは「クレスト先 うなぎ屋右3」を読経した。

国際格式が日本で許可されたのは2001年のアルペンラリーからである。国内格式であっても国際格式同等のツール類が標準化されたのもこの時期である。WRCの初開催を1973年のモンテカルロラリーとすれば、実に30年近く世界に遅れていた訳だ。先般のアベレージラリーは日本のモータリゼーションの影響からTCラリーの開催を阻まれたラリー界の苦肉の策であった背景から考えると、まさに30年の時を経て、昭和から一気に令和に移ったくらいのエクストリームな出来事だ。愛知・岐阜の地域の方々や自治体の方々の尽力によってこれ程までのド派手なラリーが開催された事、そこに居合わせられたことに本当に感謝したい。そして、地域とお互いの理解を深め、Win-Winな関係を築きたいと心から思う。

林道、そして輪道

私たちはプロでもなければ、速くもない。派手なパフォーマンスも皆無である。しかし、そんな私達に快く元気株式会社さん、ダイコク産業さん、GO&FUNさんにスポンサードを賜り、キャロルさんには車両、タイヤ、整備等の車両にまつわる一式、ルノー名古屋東さんには当日のサービス出前を提供賜った。

Genki Racing Project(以降GRP)は元気さんとキャロル代表の竹内良友さんとコラボレーションしたルノーファンクラブのようなコミュニティだ。現地でのオペレーションセンターはGRPの亘さん他、ご支援頂いた。

良友さんはいつもブレない人。その良友さんはある自動車記事にて、このように発している

「良い車じゃなきゃダメなんだ」

「オンリーワンを作らないと」

貸与された次点でCRR謹製外装パーツがてんこ盛りだったGRPメガーヌ。このパーツ開発は良友さんのこだわりの一つ。群馬界隈のラリー関係者には、「こんなの、車検通るの?」「エアロパーツの類を装着して参加するなんて見たことも聞いたこともない。」など言われ続けてきた。しかし、RF車両レギュレーションに違反しないパーツは無謀にもあえて装着した状態で挑戦した。僕ら2人はGRPファンの思いを乗せて精一杯楽しんで走る事、そしてしっかり目立つ事が最大のミッションだと理解しているからだ。GSR初音ミクのファンは「僕のミクが走ってる」と言うそうだ。それと同じような「僕らのGRPメガーヌが走っている」という感動を届けたい。後日、GRPのLINEグループは大騒ぎだったと聞き、思いは届いたんだと安堵した。それと同時に、WRカーNo.1であるトヨタヤリスWRCと並んでGRPメガーヌの写真が新聞に掲載されていたなんて。

SuperGTが日本のレース興行として成功を収めて久しいが、WRCにモータースポーツ文化の明るい未来が期待できるかと言われれば、それはYesだ。地域の活性化、ギャラリーの興奮と感嘆には、耕運機を毎日転がしている道路で世界最高峰のWRカーの度肝を抜くパフォーマンスで駆け抜けることがむしろ必要不可欠だと考えている。岸和田だんじり祭りに類似した山車を崇める文化にこそ、輪道転生の境地を望むことができるであろう。あれだけ地域住民に歓迎されるのであれば、2020年以降のJapan Rallyはきっと素晴らしい愛知の、いや日本の文化になるだろうと確信している。

来年、WRCが来ることと引き換えに、Central Rallyは二度と開催されない。きっと日本の地域密着型モータースポーツ文化の礎となるだろう。まさに一期一会だ。そこに居合わせることができたことを、私がジジイになったら姪っ子に自慢しよう。

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